セ・サ・ミ 日記

−1999年10月−


1999.10.30

『The Wasteless Land.』は我が愛する詩人、田中宏輔の大傑作
『Pastiche』につづく第2詩集。大空の上、三層ほどの萌葱色の異界
に下半身があって、宙ぶらりんのまま顔だけ大きくこちらに突き出
して、とめどなくおしゃべりせずにはいられない赤剥けのピュアな
魂をゴロリ見ているよう。高橋睦郎の心の襞に立ち入った解説付き。


1999.10.29

関戸靖子「やや膝をひらいて柿を剥いてゐる」の句が私の短歌と並
んで週間新潮に紹介されたので気になった。セクシーショットと読
んだが、評者多田道太郎氏は、干し柿づくりの物憂くされど苦でも
なく働く年輩女性のくつろいだ美しさ、という。著書『しぐさの日
本文化』に王朝当時の女性は絵巻物を寝ころんでひろげてたそうな。


1999.10.27

「鏡せんずりかいてたらあきません」と歌右衛門に言われて白ぬり
化粧が早くなったとか。「歌舞伎をご覧になるのになぜお着物では
?」と皇太子殿下に質問したら「着物は私達にとって浴衣。正装の
衣冠束帯だと後の席の方は冠が邪魔で困るでしょう」と粋なお答え。
ワイン呷りつつ下ネタサービス付の勘九郎トークライブ。色気あり。


1999.10.24

「土蜘蛛」の蜘蛛の巣を払って大失敗。この日が地謡としての初舞
台。地謡は八人。下のランクの者が前列客席側。すなわち私がシテ
の繰り出す大スペクタクルの蜘蛛の糸のちょうどかかる位置。うっ
かり手で払ってしまった。おまけに一時間以上の正座地獄。終わっ
て立った瞬間五歩ふらつく有様。幽玄にほど遠いデビュー戦でした。


1999.10.23

「(前略)物書きは下手に謙虚になれば、自らに多くの禁止を課す
ことになり、言葉は限りなく和歌のように人畜無害なものになって
ゆく。自然にかまける形式が和歌なら、私にかまける形式が小説だ」
とは島田雅彦の文学賞の選評。短歌であれ、毒のないものには魅力
も無い。俳句短歌がフヌケの印象であり続けているのはなぜなんだ。


1999.10.20

すばる文学賞受賞『零歳の詩人』は執拗に暴力について語った力作
だ。語りは多様を極め、記事、映像、詩、批評、あるいは噂、デマ、
ホラ。ユーゴスラビアの内戦、ついそこにある戦争現場で繰り広げ
られる凄惨な暴力の連鎖のコラージュ。形式、文章に実験的な詩精
神が漲って気持よい。彼が定型を愛する歌人であることも興味深い。


1999.10.18

玲瓏十月歌会。後半は歌合せの形式、いってみれば紅白歌合戦だが、
このゲームは、作者、応援者、判者の愉しみ度の方向と波長が大切。
麻雀のメンツによって楽しみ方が違うみたいなもの。「白秋はいさ、
玄冬、青春、朱夏、われはきのふ鬱金桜見に赴きし」邦雄。「ステ
ィックアイス秋冷の舌に張付きて我は容易く引つこ抜かるる」仁。


1999.10.17

パゾリーニ監督「ソドムの市」の糞尿地獄のシーンで客席に嘔吐す
る声が上がった。残酷さをいうなら、現実の戦争現場も、少年犯罪
もこれを凌ぐ。サディズムという頽廃の快楽にいたるには退屈しの
ぎという域を通過する必要がある。パゾリーニは、ただ自分が無頼
に無残に撲殺されるためシナリオを仕組んだ。輝かしい自殺は成功。


1999.10.16

ここんとこ女子大生と関係ができてうれしはずかし状態。のぞきの
ぞかれ、はもちろんホームページの事。徳島、広島、九州の各大学
から、胡麻関係のアクセスが集中。卒論、学園祭のシーズン。テー
マが世界のごま料理、栄養学、経営学と多岐にわたっているのもお
もしろい。胡麻がこんなに好奇心の的だなんて、アンビリーバブル!


1999.10.15

『そば打ちの美学』のタイトルにつられる。今まで情報も集めてき
たが、信州上田の「おお西」は知らない。はて破天荒な大西利光な
る人物の一代記。そば打ちは求道的な人物が多いが、こちらはカリ
スマ派。教育論などユニークな実践家でそちらで活躍した方が。で
もそば打ちも秘伝公開で命賭けてます風、この秋は食べにいくべし。


1999.10.14

テレビチャンピオンの大食い選手権。何年振りだろう。ほとんどテ
レビはみない。こどもの頃は「そっくりしょう」が好きだった。た
こやき、串カツ、フグと闘い抜き、決戦は松葉屋のきつねうどん。
全身胃袋の死闘の最中、ご主人の宇佐美さん、真剣に「みなさんほ
んまきつねうどんがお好きやねんなあ」てほんまええ味してますわ。


1999.10.11

シュールな活花師、中川幸夫の60種『華』の写真集に眩暈した。
美と時間の凄惨な殺人者と変身。華は様様の姿態を晒し、同時に人
間の生と死の有り様をグロテスクに抉り出す。「闡(ひらく)」は
へし折ったチューリップの首だけを幾千も圧搾し血塗れの肉塊とし
てさらに棕櫚縄で括りあげた作品。メープルソープなら、どう撮る。


1999.10.10

「書」の世界の過激派、石川九楊の新著『書に通ず』は、知の緊張
にみちあふれ、<前衛>なる言葉がここではいまなお新鮮である。
書を読むことは、字句の判読性に本質はなく、書として表現された
世界を感じとることである。しかり、茶席の掛軸は読まずに感じよ。
それにしても明治の副島種臣の書の楽しさは、ミロやクレーの世界!


1999.10.04

ルバルカバのピアノをブルーノートで聴くのはこれで3度目。目下
一番ひいきのジャズプレーヤーである。繭ごもる光の核から音がこ
ぼれ始め、凛烈たる空気が柔らかな潤みをおびてたちこめる。キュー
バ生まれのしなやかな肉体は、さながら太い首持つ日本の牡鹿に変
身して、激しく華麗なプレイでは錦秋の紅葉を駆け抜けていくよう。


1999.10.02

平均年齢25歳、塚本邦雄の愛弟子達の嚠喨歌会。今年のすばる文
学賞受賞の楠見君もメンバー。おめでとう。オブザーバーの長老組
で初見参。笛の題詠。「たて笛の唾液ふきとる少年の未来は穴の奥
に張り付く」福島、が最高点。ずらり27首、拒否反応や違和感を
抱く歌に出会わなかったのが逆に残念。刺激ある異人種はおらぬか?


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